対戦格闘
一対一で向かい合う型は1984年の『空手道』で生まれ、同じ年の『対戦空手道』が人対人を主軸に置きました。翌年の『イー・アル・カンフー』が技を増やし、1987年の『ストリートファイター』(西山隆志)が波動拳と昇龍拳のコマンド入力を決めます。ここで系譜が二又に割れました。西山はSNKへ移って『餓狼伝説』(1991)を作り、カプコンに残った側が同じ年に『ストリートファイターII』を出す。そのストIIの開発者・西谷亮は、カプコン公式のコラムでこう明かしています——六つのボタンは「『スト1』の6ボタンのテーブル筐体が残っていたので、何とかこれで行こう」。この遊びの代名詞になったコンボも、キャンセルの挙動を完全には制御しきれないまま「面白いのでこのままいこう」と決めたものでした。発売から26年後の2017年、プレイヤーが未知のコンボを新しく見つけています。作った人も全部は知らなかった遊び。1993年、鈴木裕の『バーチャファイター』が3Dの扉を開け、翌年の『鉄拳』を作った原田勝弘は「初期の『鉄拳』は『バーチャ』をメチャクチャ研究して作った」と語ります。SNKは『KOF ’94』で餓狼と龍虎の拳を合流させ、版権を跨ぐ『X-MEN VS. STREET FIGHTER』(1996)から『MARVEL VS. CAPCOM』(1998)が生まれる。そして1999年、桜井政博の『大乱闘スマッシュブラザーズ』が体力ゲージそのものを捨てました。原型は1996年の自主企画『格闘ゲーム竜王』で、そのプログラムを書いたのは岩田聡です。祭りの側も、はじまりは小さい。1996年カリフォルニアの草大会「Battle by the Bay」は参加者およそ四十人。それが2002年にEVOと名を変えて、世界最大の格闘ゲームの祭りになりました。
神話の訂正
対戦格闘はストリートファイターIIが発明した
型のほうは七年先行しています。1984年の『空手道』(テクノスジャパン開発・データイースト発売)と、同年の『対戦空手道』が、一対一で人と人が向かい合う遊びを先に作りました。ストIIが発明したのは型ではなく、知らない誰かがとなりの筐体から乱入してくる、あの文化のほうです。