Kriegsspiel
1812年、プロイセンの貴族ゲオルク・レオポルト・フォン・ライスヴィッツが、木でできた卓上の兵棋を国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世に見せました。地形の上で駒を動かし、結果は審判が裁く——この「審判」がのちのダンジョンマスターの、被害の数値化がのちのヒットポイントの祖先です。1824年に息子が改良した版が軍に正式採用され、モルトケが実戦の教育に使いました。そして多くの歴史家が、1870年の普仏戦争でプロイセンが勝てた理由のひとつに、この遊びで将校を鍛えたことを挙げています。卓の上の遊びが、本物の戦争の勝敗を左右した——この帯がのちに冒険の遊びへ折り返すことを思うと、ずいぶん遠くまで来た線です。