音ゲーの誕生
『パラッパラッパー』(1996)を作った松浦雅也は、もともとミュージシャンでした。サンプリングで人の声を素材として扱う面白さに気づき、「人間の声を使ったゲーム」を作りたくなって、ラップを選んだ——という経緯を、いくつものインタビューで一貫して語っています。それ以前にも音楽のタイミングを取る「ゲームのようなもの」は米国に教育目的で存在したけれど、純粋な娯楽としては無かった、とも。翌1997年末、コナミの『beatmania』はプリクラで店に来ていた若い層と女性客をねらって若手主導で企画され、1998年の『Dance Dance Revolution』は、遊びを指先から足へ、そして全身へ広げました。叩く、踏む、回す。この帯の遊びは、四つの泉のうち「めまい」をいちばん素直に汲んでいます。※「音ゲー」という略称がいつ定着したかは、確かめられませんでした。