ポケモン田尻智の原点は、町田の新興住宅地での昆虫採集——捕まえて、見せ合って、交換した少年時代だと伝えられます。ゲームボーイの通信ケーブルを見て「対戦以外」の使い道を考えたとき、交換したくなる魅力的なものがいれば遊びになる、という発想が生まれました。前作の印税約5000万円で設立したゲームフリークは、開発中に資金難で受託開発をしながら食いつなぎ、6年をかけて1996年にこの遊びを世に出します。通信ケーブルの上の交換は、世界でいちばん大きなフランチャイズの心臓になりました。