レース
映像のレースゲームの元年は1974年です。アタリ『Gran Trak 10』はハンドルとアクセルとブレーキとギアを備え、ハンドル付きのドライブ「ビデオ」ゲームの最初とされます(機械式のドライブ遊具はそれ以前からあったので、「レースの最初」ではありません)。同じ年、タイトーの『スピードレース』を作ったのは西角友宏——四年後に『スペースインベーダー』を作る、あの人です。レースの縦スクロールを設計した手が、そのまま日本のシューティングを生みました。1981年セガ『ターボ』が自車を後ろから見る視点を開き、1982年ナムコ『ポールポジション』が実在のサーキットと予選を型にする。1986年『アウトラン』では鈴木裕がヨーロッパを二週間ほど回ってから作り、座席が動く体感筐体の到達点になりました。家庭では1990年『F-ZERO』が疑似3Dの高速へ、1992年『スーパーマリオカート』が「アイテムで下位が逆転できる」という発明を持ち込みます。1993年『リッジレーサー』はプレイステーションの顔になり、1997年『グランツーリスモ』の山内一典は「人生を無駄にしないゲームにしたい」と言って、運転技術とクルマの文化を学べる方向へ舵を切りました。そしてこの帯はゲームの外へ出ます。GTアカデミー出身のヤン・マーデンボローが実車のレーサーになり、ル・マン24時間のLMP2クラスで三位に入りました。画面の中のハンドルが、本物のハンドルに届いた道です。
神話の訂正
自車を後ろから見るレースゲームはポールポジションが元祖だ
セガの『ターボ』(1981年10月)が一年先行しています。セガ自身の製品ページにいまも残っていて、自車の後方から見る三人称視点で走る作りでした。『ポールポジション』(1982)が発明したのは視点ではなく、実在のサーキットと予選という「レースの手続き」のほうです。