囲碁と将棋の和様化
チャトランガの子は世界中に散りましたが、日本の将棋だけが、ほかのどこにもない一手を持っています。取った駒を、自分の駒として盤に打ち直せる——持ち駒です。チェスにもシャンチーにもありません。チャトランガ系の遊びで持ち駒を使うのは、本将棋と禽将棋だけだと指摘されています。いつ生まれたかは諸説あり、将棋史の増川宏一は、15世紀の『新撰遊学往来』にある詰将棋らしき言葉を手がかりに、この頃までに持ち駒の慣行が始まっていたと推定しました。確かなのは、現存最古の詰将棋書(1602年)と最古の実戦棋譜(1607年・大橋宗桂と本因坊算砂の一局)が、どちらも持ち駒を使っているということ——遅くとも16世紀後半には、いまの将棋になっていました。囲碁のほうでは、算砂が信長・秀吉・家康に仕え、幕府から俸禄を得る棋士の家(本因坊・井上・安井・林)が立ちます。遊びが職業になった瞬間です。なお、戦後に「取った駒を使うのは捕虜の虐待だ」と言われ、棋士の升田幸三が「駒はいつでも適材適所で活きる。むしろ民主的だ」と切り返したという話が広く語られています——ただし誰にいつ言ったのかは資料によって揺れているので、この地図は逸話として、留保つきで置いておきます。